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Profile

170610_dscf9973s.jpgぽんきち(川上 息吹)
1963年生まれ 大分県佐伯市出身 福岡市在住
大分県立佐伯豊南高校卒業 福岡大学経済学部卒業

15歳から独学でギターを弾くようになる。16歳の夏休みのアルバイト代でエレキギターとアンプを購入し、同級生とロックバンドを結成。高校2年の秋に文化祭で生まれてはじめてバンド演奏を経験する。当時のバンドのヴォーカリストは現在俳優として活躍する竹内力。

大学入学を機に福岡へ転居。大学の友人とバンドを組み、この頃から洋楽、テンションコード、リズムギターに目覚める。オリジナル、ロック、パンク、ポップスのバンドで活動。21歳の夏に消化器系の難治性疾患で緊急入院、25歳まで毎年入退院を繰り返すもフリーターとして生活しながらバンド活動を続けた。

26歳になり、国家公務員試験を受け合格し、厚労省の職員として福岡県内のハローワークに勤務。趣味として音楽活動は続け、アコースティックギタリストに転向してからは洋楽カバーユニット『milky note』(2006年5月~2007年11月)、邦楽カバーユニット『レイぽん』(2008年~現在)、洋楽カバーユニット『TeTe』(2009年~現在はヴォーカルが出産・育児休暇中のため活動休止)のギタリストとして活動。

ドラマ『横溝正史シリーズ』の主題歌のカバー演奏がきっかけになり、原曲のシンガーソングライター茶木みやこさんとのご縁が繋がり、ライブのオープニングアクトをつとめる等現在も交流を続けている。その他プロの音楽家との交流も多い。また、先見の明もあり、可能性を見出し応援していたシンガーソングライターが某大手芸能事務所からメジャーデビューした。

2000年と2012年に難治性疾患の再発により小腸と大腸の一部を切除する手術を受けるも、国家公務員として働きながら週末のライブ活動を続けた。難治性疾患のため平日は絶食し基本的に栄養剤のみの食生活を続けながら自らの仕事や生き方について考える中で命の有限性を強く意識するようになる。50歳を過ぎ2014年5月より『ギタリストぽんきちのブログ』を開設し、音楽活動のみならず仕事や生き方など幅広いテーマで毎日更新するようになる。2016年9月末にて25年6ヶ月勤めたハローワークを依願退職。

2016年10月よりフリーランスのギタリストになり、現在はアコースティックユニット、ギタリストとしての活動や可能性あるアーティストらの活動支援のほか、ヴォーカリストのギターサポート演奏や、初心者向けの個人ギターレッスン等を行なっている。
上記ユニットの他、ジャズ&Jポップカバーユニット『marrio』(2015年~現在)、昭和歌謡&洋楽カバーユニット『MICO&ponkichi』(2017年~現在)、昭和歌謡カバーユニット『ソフィア&ぽんきち』(2017年~現在)でも活動している。
これまで、500本以上のアコースティックライブで演奏。繊細な音色、コードワーク、ギタープレイ、独自のアレンジに定評がある。

Biography

【年表】 【音楽歴】
1963年 大分県佐伯市に生まれる。


15歳の時、こっそり兄のアコギを弾くようになる。
1979年 大分県立佐伯豊南高校に入学。

16歳の夏休みにアルバイトで稼いだお金でエレキとアンプを購入。同時に同級生とロックバンドを結成。
当時のバンドのヴォーカリストは俳優の竹内力。高校2年の秋に文化祭で生まれてはじめてバンド演奏を経験する。
卒業時の予餞会で演奏したライブまでバンドは続けて解散。
1982年 福岡大学経済学部に入学。21歳の夏に難治性疾患の宣告を受ける。 18歳で福岡へ転居、大学の友人とバンドを組み、この頃から洋楽、テンションコード、リズムギターに目覚める。
1986年~1989年 大学卒業後はフリーターとして生活。入退院を繰り返す。
20代はオリジナル、ロック、パンク、ポップスのバンドで活動する。
プロ志望だったが夢を追いかけるのは25歳までと決心しての活動だった。
1990年 26歳の時に国家公務員Ⅱ種試験に合格。
ぽんきちの長い音楽歴の中で公務員受験のため勉強中だったこの1年間だけは音楽活動を完全に休止していた。
1991年 厚生労働省(当時は労働省)の職員として福岡県内のハローワークで働き始める。
30代前半はアースなどの70年代ディスコソウルのコピーバンドを結成、その後突如ハードロックに目覚め、ヴァン・ヘイレンやエクストリームなどのコピーバンドをはじめる。そのまま30代後半まで続き、同時にインストやテンションコードを多用する音楽も演奏するようになる。
2000年 一回目の手術のため入院、小腸の一部を切除する。
40代になりまたポップスバンドを始める。
2005年 難治性疾患のため平日は絶食し基本的に栄養剤のみの食生活になる。
2006年 エレキギターからアコースティックギターに転向し、週末はユニットで精力的にライブをするようになる。

2006年5月から洋楽カバーユニット『milky note』でライブ活動を始め、
2007年11月まで福岡市、久留米市、北九州市のライブバーや音楽イベントで活動する。
  2008年2月から邦楽カバーユニット『レイぽん』で活動を始める。 
  FM-kitaQの音楽番組にレイぽんで出演した際に、横溝正史シリーズの主題歌だった茶木みやこさんの「まぼろしの人」をカバーして演奏していることがきっかけとなり、番組パーソナリティーから茶木さんを紹介される。
その後、茶木さんの九州ツアーの博多ライブをぽんきちがセッティングするご縁となり、ライブのオープニングアクトとしてレイぽんで演奏するようになる。
  2009年12月から洋楽カバーユニット『TeTe』でも活動するようになる。
  2011年1月より西中洲のバー「おとぼけコースケ」でマンスリーライブがスタート。
同年から、別府市や熊本市、大阪や京都への遠征ライブも行う。 
2012年 二回目の手術のため入院。小腸と大腸の一部を切除する。 
2014年 50代になり、この頃から仕事について深く考えるようになる。難治性疾患を抱えたままこの先も公務員として働き続ける生き方に疑問を持つようになり、命の有限性を強く意識する日々の中で好きなことを仕事にする生き方の可能性について考えるようになる。  
  『ギタリストぽんきちのブログ』を開設し、2014年5月より毎日更新を始める。
  ブログを更新しながら音楽活動と仕事や生き方についての自らの想いを情報発信し続ける。
  2015年8月で「おとぼけコースケ」でのマンスリーライブが終了。
国家公務員の身分を捨て音楽中心の仕事をするためフリーランスのギタリストに転身する決心をする。  
2016年9月末日をもって25年6ヶ月間勤務したハローワークを退職。  
2016年10月よりフリーランスのギタリストとなる。
自身がプロデュースするアコースティックユニット(福岡市、久留米市のライブバーやイベントを中心に活動中の)『レイぽん』『TeTe』によるライブ活動のほか、ギターサポート演奏、初心者ギタリスト向けの個人レッスンの活動を始め、現在に至る。